大阪市の中では閑静な高級住宅街として知られる手塚山、その一角に万代池公園はあります。
どこにでもあるような池のある公園で、日頃より子供の遊び場や散歩客の憩いの場として、地元住民に愛される存在となっています。
また、毎年ちょうど4月を迎える頃には池を取り囲む歩道沿いの桜が満開になり、この時期は遠方より訪れる人も含め、大勢の花見客でにぎわいます。
かくいう管理人も万代池には散歩がてらよく出掛けましたが、近年は桜の花見の時期に出掛ける程度になっています。
今回はこの万代池をメインの題材として取り上げた記事となります。
最近はもっぱら海にしか釣りに出ていないガチろっくん(管理人)ですが、『釣り場』によって釣れる魚は違う【淡水魚の場合】という記事を書いていた時に、これまで釣りに行った池や川のことが思い出され、懐かしく思うと同時に穏やかな気持ちになる自分がいました。
その理由は、管理人にとっての釣りの原点、すなわち釣りを始めたキッカケについて思いを馳せたからです。
良い機会なので、これを紹介しておこうと思います。
もはや数十年前の古い記憶なので、すべてが当時を再現できるものではありませんが、思い出に残るほど印象が強い一日を過ごしたためか、意外と鮮明な記憶として残っています。
それでは、当時を振り返りながら、今思うことを書き綴ります。
【万代池】釣りを始めたキッカケ ~遠き日の思い出~
それは確か小学5年生の春だったと思うのですが、算盤検定三級の合格祝いとして、叔母さんにねだって買ってもらったプラスチック製のモンドリ、これがすべての始まりでした。
モンドリというのは上の写真のような外観をしており、容器の中へ練りエサなどを入れて水中へ沈め、ある程度の時間放置した後に引き揚げて、小魚やエビなどを捕獲する仕掛けです。
30年以上も前の話ですが、1,000円ほどの価格だったと思います。
今ならペットボトルで簡単に自作できますが、当時はまだコーラが1L瓶で売られている時代で、そのような発想はなかったです。
ところがモンドリを買ってもらったのはいいが、いざ使うとなれば、当然ながら池や川に行かなければなりません。
近くにモンドリを使えるような水場はなく、小学校からは子供同士で校区外へ出ることへの禁止令が出ており、お袋様も当然のごとく子供同士で遠出するなど許してはくれません。
日常生活の環境下で身近に水場があり、小さな頃から遊び場にしている人達からすれば、信じられないような話しなのかもしれませんね。
また、当時の親父殿にはほとんど遊んでもらったことがなく(祖父に軍隊式で育てられ、亭主関白バリバリで、子供の教育は母親任せ)、子供と一緒に出掛けることなど、ほぼありません。
強いて言えば、親類と一緒に出掛ける恒例になっていた年に一度のキャンプくらいです!!
当然、親父殿に池や川へ連れて行ってもらうように頼む勇気もなく、毎日モンドリを触って魚を取ったという妄想にふけるだけでした。
ところがある日曜日、朝起きると親父殿が台所でサナギ粉と小麦粉を混ぜて何かを作っていたのです。
本で見て知識だけはあったので、それが練りエサであることは、すぐにピン!ときました。
その様子を黙って横で見ていると、親父殿が出掛けるから支度をしなさいと言うのです。
あの時、自分がどんな感情表現をしたかまでは覚えていませんが、たぶん嬉しさではしゃいだりはせず、グッと喜びを噛みしめたことだったろうと思います。
かくして自宅より車で10分ほどの距離にある万代池(ばんだいいけ)へ、親父殿が仕事で使用していたトラックに乗って行きました。
親父殿に連れられて二人で遊びに出掛けるなど、この時が生まれて初めてだったんじゃあないかと思います。
万代池には、子供が生まれた後も年に数度、妻と子供と連れ添って遊びに行きます。
(本記事作成は2014年で、2023年記事更新現在は、子供も高校生と中学生、さすがに散歩は奥方様と二人でということになっています。)
春には池の周りの遊歩道沿いに桜が満開になり、連日大賑わいとなります。
桜の時期の写真もたくさんあったのですが、ことごとく奥方様と子供が写っており、公開の許可が下りませんでしたので、上記掲載は普通の写真となっています。
この後、ブログの運営を続けていくうちに、釣行時の模様など、モザイクを掛けて家族の写真は公開するようになりました。
一応、観光地な紹介などの恒例として、万代池の場所も地図で貼っておきます。
残念ながら、“一応”釣りは禁止となっているんですが・・・
万代池に到着 モンドリ不発で予期せぬ釣りとの出会い
万代池へ着くとすぐさまモンドリの中へ親父殿が作った練り餌を放り込み、水中へ沈めました。
沈めた場所は浅かったのですが、水が濁っており水の中の様子は良くわかりません。
たぶん15分~30分位は放置しておいたと思います。
その間、親父殿と何をして時間を過ごしたのかまでは思い出せません。
その後、満を持してモンドリを引き揚げたはずなのですが、小魚一匹すら捕獲できていませんでした。
現在でも万代池にはモロコやタナゴ、メダカのような小魚、ヌマエビやスジエビなども生息しており、モンドリを使えば捕獲できます。
今思い直しても、『まさかの空振り!!』
当然ポイントを変えて『もう一度!!』といくはずが、親父殿のまさかの一言『こんなんやってもアカン!』
親父殿はもう行くぞ!!というのです・・・この時はたぶん泣きそうだったと思います。
ところが、ここから事態は思わぬ展開を迎えます!!
トラックに乗り込み、もう家に帰るのかと思いきや・・・向かった先はなんと釣り具屋さん(現在でも玉出にある上島釣具店)。
あっけに取られているうちに、親父殿は延べ竿と仕掛けを作る道具一式を買い込みました。
そして再度、万代池へ向かいました!!
釣りをしたことがない管理人としては、親父殿が何をしているのかをよく理解できません。
あれよあれよと見ているうちに、いつの間にか釣りが始まっていました。
どれくらいの時間釣りをしたのか、まずは、親父殿が大きなフナを釣り上げました。
そして親父殿がトイレか何かで外した際に釣り竿を託され、言われた通りに棒ウキをジッと見ていると・・・まさかの消し込み!!
良く分からずに竿を上げるとなんとフナが・・・ただ、必要以上に釣り竿を振り上げてしまい、竿は後方にある木の枝に引っ掛かり、フナは宙ぶらりん状態になってしまいました。
まんの悪いことにそこへ親父殿が帰ってきて、さぞかし怒られると思いきや・・・確か逆に褒められたような記憶があります。
その後、今度は親父殿が銭亀を釣り上げたのですが、ここで親父の口から意外なエピソードが飛び出してきました。
この時より更に昔の話で、一時期だけ銭亀を飼っていたのを何となく覚えているのですが、その亀は万代池で捕まえたものとのことでした。
記憶にはありませんが、どうも家族で万代池に出掛けたらしく、まだ小さな管理人と弟君が亀を見てあまりにも喜ぶから、持って帰って飼い始めたというのです。
ところが、お袋様が大の動物嫌い!!
当然、世話などできるはずもなく、それは幼い私と弟君も同じだったようです。
結局のところ、いくらの期間も経たないうちに、親父殿が万代池へ戻してやったというのです。
その時の亀が自分たちに会いに来たんじゃないかと、冗談半分なのでしょうが、親父殿がそのように言ったのです。
万代池には銭亀がわんさかいて、当然そんなわけはないのですが、子供の私としてはそう思い込むのに何の抵抗もありませんでした。
後日知り合いや友人に、あちこちで自慢げに言い触らしていたことを覚えています。
これが管理人が初めて釣りをした日の出来事ですが、こうして書き出してみると、なんと充実した一日だったのでしょう。
ホントに色々な意味で良い経験をした日、大切な思い出の一ページになったのです。
そしてこの日を境に、親父殿は何かのスイッチが入ったように、釣りに打ち込み始めました。
かくいう私もそれまでの親父殿との親子関係が一変し、池→川→海へとシフトしながら、週末ごとの釣り三昧の日々に突入していくことになりました。
これが管理人自身の【釣りを始めたキッカケ】です。
このキッカケがもとで、30年以上経った今でも釣りを続け、こうして現在釣りブログサイト【釣りのネタ帳】を運営している【ガチろっくん】が存在しています。
釣りにのめり込んでいくに際しては、他にもいろいろなエピソードもありますが、それはまた別の機会にでも書いてみたいと思います。
きっとこの記事を読んでもらっているあなたにも、かけがえのない日の思い出があることでしょう。
自身が父親という立場である今、子供に対してハッキリと記憶に残る良い思い出を作ってあげられたら良いがと、改めて思いなおす今日この頃でした。
残念ながら、親の心子知らずで、うちのチビ達は釣りにはほぼ興味がなく、ごくたまに家族で釣りに出る程度に落ち着きました。
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